大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1307号 判決

控訴人

右代表者法務大臣

住栄作

右訴訟代理人

齋藤健

右指定代理人

松本智

外六名

被控訴人

久野明子

久野泉

久野睦

右三名訴訟代理人

森田昌昭

神部範生

田多井宜和

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人久野泉及び同久野睦に対し、各金一二一八万五三四八円及び右各金員に対する昭和五〇年一一月二九日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人久野明子の請求並びに被控訴人久野泉及び同久野睦のその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人久野明子との間においては控訴人に生じた費用の三分の一を被控訴人の負担とし、その余を各自の負担とし、控訴人と被控訴人久野泉及び同久野睦との間においては、これを五分し、その一を右被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決の一1項は、仮に執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、「塔乗」、「塔載」とあるのは、すべて「搭乗」、「搭載」と訂正する。)。

一原判決四枚目表三行目から同七枚目裏七行目までを次のとおり改める。

「3控訴人の責任(安全配慮義務違反)

控訴人(国)は、国家公務員に対し、その公務遂行のための場所、施設若しくは器具等の設置管理又はその遂行する公務の管理にあたつて、国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているところ、控訴人は、本件事故に関し、次の三点で右安全配膚義務に違反し、これに対して責任を負うものである。

(一)  事故機備付けの部品の性能保持義務違反

控訴人は、亡茂を事故機に搭乗させて訓練飛行に従事させるについては、事故機の安全を保持し、危険を防止するために、その各部品の性能を保持し、機体の整備を完全にする義務がある。

ところで、本件事故の原因であるチップタンクの燃料の片減りは、(イ)チップタンクについているスニフルバルブの機能不良、(ロ)チップタンクに送られる加圧空気の通るパイプに取付けられたエアーシャットオフバルブの機能不良、(ハ)チップタンク燃料を胴体タンクに移送するためのパイプに取付けられたトランスファーバルブ(燃料シャットオフバルブ)の機能不良、以上(イ)ないし(ハ)のいずれかによるものと推測される。そして、これら各バルブが機能不良となることは予測することができたのであるから、控訴人はこれら各バルブの性能を保持するために充分な整備、点検をなし、すでに機能不良となつた、または、機能不良となるおそれがあるバルブを良品と交換するなどの措置を講ずべき義務があつた。

ところが、控訴人は右義務に違反して、事故機備付けの右各バルブについて充分な整備、点検をせず、またそれらを良品と交換することもしなかつたため、本件事故が発生したのである。

(二)  チップタンクの燃料片減り時においてパイロットのとるべき対応措置の調査・研究義務及び亡茂に対するその教育・訓練義務違反

(1)  控訴人は、本件事故発生以前から、事故機と同機種のジェット機(F―一〇四J型機)を採用して保有、使用し、また、事故機と同様主翼の両端にチップタンクを搭載したT―三三A型機(ジェット練習機)をも採用して保有、使用していたのであるから飛行中にチップタンクの燃料が片減りすることがありうること、そのために左右非対称荷重が生じて飛行の安全が失われ、墜落する危険性があることを認識していたか、少なくとも認識しえたのである。したがつて控訴人は、F―一〇四J型機について、チップタンクの燃料の片減りによつて左右非対称荷重になつた場合にパイロットがとるべき安全な対応措置について調査、研究すべき義務があり、さらに、その調査、研究した結果に基づいて亡茂に対し、その対応措置を教育、訓練すべき義務があつた。

しかるに、控訴人は、右義務に違反して、この対応措置の調査、研究を怠り、したがつて、また亡茂に対してもこれを充分に教育、訓練しなかつた。すなわち、控訴人は、亡茂に対し、その対応措置として、チップタンクの投棄や緊急脱出の方法をとるべきことについては教育・訓練することなく、かえつて、外部搭載燃料移送装置のサーキットブレーカーを引くように教育、訓練したが(このことは、亡茂から燃料が片減りし、左右に七〇〇ポンドの荷重差が生じたとの通報をうけた編隊長もサーキットブレーカーを引くよう指示したことからも明らかである。)、これは燃料の片減りによる左右非対称荷重の拡大を防止し、またこれを解消するには全く役立たない誤まつた措置であつた。このため、亡茂は燃料の片減りに気付いて、右サーキットブレーカーを引きこれにより非対称荷重の拡大が防止され、あるいは非対称荷重が解消すると信じて訓練飛行を続行し、このため、本件事故が発生したのである。

なお、控訴人は、本件事故を契機として、F―一〇四J型機のチップタンクの燃料片減り時の飛行特性及びその対応措置を調査・研究し、これに基づいて技術指令書(操縦指令)を改訂して、その対応措置を詳細に記載することになつた。

(2)  控訴人は、本件事故発生以前には、高空におけるチップタンクの燃料片減りによる飛行特性についての何らの資料もなく、多少の片減りは飛行継続に支障はないと考えられていた旨主張するが、控訴人がチップタンクの燃料片減りが高空においても生じうることを認識していた以上、その場合の飛行特性について何らの資料もなかつたこと自体が前記調査・研究義務を怠つていたことを示すものである。またT―三三A型機の操縦指令には、チップタンクの燃料片減り時の対応措置として、控訴人主張どおりの記載があることは認めるが、仮に亡茂が、T―三三A型機についてこの操縦指令によつて教育、訓練をうけたとしても、F―一〇四J型機とT―三三A型機とは主翼両端にチップタンクが搭載されている点では同じであつても、両者は、構造、機能等が異なり、左右非対称荷重状態における飛行特性、正常飛行を維持するための速度域、操縦舵角量も異なるから、T―三三A型機の操縦指令をF―一〇四J型機の操縦に適用し、あるいは応用しうるものでないことは当然である。控訴人主張のように、F―一〇四J型機に関しても燃料片減りの対応策がチップタンク投棄であることが公知の事実であつたとしたら、本件事故を契機にあらためて調査・研究して技術指令書を改訂する必要もなかつたはずである。しかもT―三三A型機の操縦指令のこの点に関する記載はきわめて簡単であり、どの程度の非対称荷重になればチップタンク投棄が必要であるかなどは全く不明であり、それにより教育・訓練をうけた者が、F―一〇四J型機に関してこれを応用して適切にチップタンク投棄を行なうことを期待するのは到底無理である。このことは、前記のように七〇〇ポンドの荷重差が生じたとの通報をうけた編隊長も、サーキットブレーカーを引くことを指示したにとどまつたことからも明らかである。そして、各ジェット機ごとに飛行特性が異なり、応用がきかないからこそ、T―三三A型機の操縦資格者であつてもさらに厳格な教育をうけなければF―一〇四J型機の操縦資格を取得することができないのである。

(三)  チップタンクの燃料片減りを知つた場合の編隊長の亡茂に対する適切な指示義務違反

(1)  控訴人は、航空機の飛行に危険が生じた場合には直ちに飛行場への帰投を命ずるなどして搭乗員の生命に危険が生じないよう配慮すべき義務があり、編隊飛行中は、編隊長を履行補助者として、各編隊機の機長に対し、適切な指示を与えさせることにより右義務は履行されるべきである。

ところが、本件において、編隊長は事故機が、離陸時にすでに左チップタンクからの燃料もれを生じたのを知り、したがつて左右非対称荷重となつて飛行の安全に支障をきたすことを予見しえたのであるから、直ちに亡茂に対し飛行場に着陸するように指示すべきであつたのに、これを指示せず、かえつて攻撃訓練を実施するよう命じて飛行を継続させ、さらに、編隊長はその後、亡茂からチップタンクの燃料片減りの通報をうけたのであるから、その時点でも、亡茂に対し、直ちに訓練を中止し、飛行場に帰投するよう指示すべきであつたのに、このような指示をせずに訓練を継続させた。これらは、控訴人が履行補助者をして適切な指示を与えさせる義務に違反したものというべきであつて、その結果として、本件事故が発生したのである。

(2)  なお、控訴人は、航空機の安全運行の保持について責任を負う者はその機長であると主張するが、それは単独飛行の場合のことであつて、編隊飛行の場合においては、機長はすべて編隊長の指揮命令に従つて飛行しなければならないのであるから、編隊長に控訴人の履行補助者としての安全運行保持のための適切な指示を与える義務があるのは当然である。」

二原判決一三枚目表一一行目から同二〇枚目表六行目までを次のとおり改める。

「3控訴人の責任について

(認否)

(一) 請求原因3(一)のうち、チップタンクの燃料片減りの原因としてスニフルバルブの機能不良によることが一つの可能性として考えられることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同3(二)(1)のうち、控訴人が本件事故以前からF―一〇四J型機及びT―三三A型機を採用して保有、使用していたこと、亡茂から燃料片減りの通報をうけた編隊長がサーキットブレーカーを引くよう助言したこと控訴人がチップタンクの燃料片減りによつて左右非対称荷重となつた場合のF―一〇四型機の飛行特性について、本件事故以前には調査したことがなく、本件事故を契機としてはじめてその調査研究を遂げて、その対応策を新たに樹立して、これにより技術指令書を改訂したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同(三)(1)のうち、編隊長が離陸時に事故機の左チップタンクから燃料もれがあつたのを知つていたこと、また編隊長は訓練実施命令後に亡茂からチップタンク燃料片減りの通報をうけたこと、編隊長は亡茂に飛行場への帰投を指示しなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(控訴人の主張)

(一)  安全配慮義務の法的性質について

国は、国家公務員が国の指揮監督に服しつつ誠実に公務の遂行にあたるべき義務を負つているのに対応して、信義則上、公の施設等に内在する物的な危険、あるいは公務に内在する人的な危険を予め管理者の立場において予想しつつ、物的、人的環境を整備して、これらの危険から公務員の生命及び健康等を保護するよう配慮すべき義務を負うが、この義務は、国の使用者の立場に基づく一般的労務管理上の義務であつて、その義務違背については、その内容が信義則に違背する程度のものであるときに初めて債務不履行責任を生じさせるものというべきである。

(二)  部品の性能保持義務違反について

(1) 航空機の整備に関しては、十分な整備の組織が整えられ、その組織が機能するよう管理体制が整えられることにより、国の安全配慮義務は尽くされたというべきであつて、具体的な整備作業上の整備を十分に尽くすべき義務は当該担当者が個別に負う職務上の固有の義務にとどまり、公務管理上の国の履行補助者としての義務とはいえないから、国の安全配慮義務の内容となるものではない。

(2) そして、航空自衛隊においては、装備品等の整備を適正かつ効果的に行うための基本事項を航空自衛隊装備品等整備規則で定め、これに基づいて整備組織、整備体系を確立しており、事故機が所属した第六航空団においても、飛行群の飛行隊に整備小隊を置き、これに飛行前後の機体の点検及び飛行時間二五時間毎の定時飛行後点検を行なわせ、さらに整備の主要部分を行なう専門部門として整備補給群を置いて、これに飛行時間五〇時間毎の定時飛行後点検同二〇〇時間毎の定期検査を行なわせたほか、部外業者に発注して二四か月毎に定期修理を行なわせていた。そして、エンジンその他の機器の部品は一定の飛行時間毎に新品又は同等品と取替えられていたのである。また、整備の実施に関しては、各航空機の機種別、各点検・検査の種類別に補給統制処長が作成・配布した技術指令書に基づき、各部隊の長において担当者に対しそれについて習熟するよう指導して、その万全を期しているのである。このような整備体系、整備体制は、民間航空のそれを上廻るものであつて、このような体系、体制を整えていた以上控訴人には航空機の整備に関し、何ら安全配慮義務に違反するところはなかつたというべきである。

(3) なお、本件事故の発生と因果関係がある可能性の認められるスニフルバルブの整備に関しては、飛行前点検の際にはエンジン始動後スニフルバルブの外部に手をあてて空気の漏れがないかどうかを点検することとされ、定期検査及び定期修理の際にはチップタンクに空気圧をかけて適当な圧力がかかるか否かを点検することとされていたのであり、これによりスニフルバルブが正常に機能するか否かが確認されていたのである。そして、事故機についても、このような点検、検査、修理が行われたが、本件事故の飛行前には何ら整備についての不具合の発生は認められていない。

したがつて、事故機のスニフルバルブに機能不良が発生したとすれば、飛行開始後の時点においてであつて、その機能不良は整備上予見不可能というべきである。すなわち、スニフルバルブの機能不良(具体的にはスリーブと外筒に取付けられたパッキングとの間から加圧空気が漏れること)の原因としては、(イ)スリーブ用スプリングの機能不調、(ロ)パッキングのねじれ、ひびわれ、(ハ)スリーブとパッキングとの間、あるいはスリーブと外筒との間に異物が狭まること、以上(イ)ないし(ハ)のいずれかであるが、そのいずれもが、飛行開始前からあつたとすれば、飛行前点検において判明していたはずであり、それが判明しなかつたということは機能不良が飛行開始後に発生したと考えざるをえず、整備上これを予見することは不可能なことである。

(4) しかも、事故機を含めF―一〇四J型機には、このような予見不可能な機器、部品の機能不良に備えて、それが直接事故の発生に結びつかないように、二重、三重の安全装置が施されているのであり、これをチップタンクの燃料片減りの原因となるべきスニフルバルブ等の部品の機能不良に即していうと、(イ)チップタンクの燃料片減り発生は操縦席の外部燃料計に標示され、左右の指針の違いによつてパイロットは直ちにこれを確知しうる、(ロ)片減りが発生しても左右非対称荷重が七〇〇ポンド以下では通常の飛行に堪える、(ハ)片減りは、燃料補給スイッチを入れることにより、トランスファーバルブ、エアーシャットオフバルブを閉じればその拡大を防止することができる、(ニ)そしてチップタンクを投機すれば、非対称荷重を解消することができる、ということになつていたのである。

このように、パイロットの適正な措置によつて事故の発生を回避するに十分な装置機能が具備されていた以上、スニフルバルブ等の部品の機能不良の予見可能性の有無を論ずるまでもなく、安全配慮義務違反はないものというべきである。

(三)  チップタンクの燃料片減り時におけるパイロットの対応措置の調査研究、教育訓練義務違反について

(1) 本件事故以前には、F―一〇四J型機のチップタンクの燃料片減り時の飛行特性については、着陸時のものしか把握されておらず、その技術指令書(操縦指令)でも着陸時の非対称チップタンク燃料荷重の対応措置が記載されていたにすぎず、その他は一般的な燃料移送不良の際の措置として、外部搭載燃料移送装置のサーキットブレーカーを引いてトランスファーバルブ(燃料シャットオフバルブ)とエアーシャットオフバルブを開くべきことが記載されているだけであつた。そして、後者はチップタンクの燃料片減り時には何ら役立つものではなかつた。本件事故当時には、高空におけるチップタンクの燃料片減りによるF―一〇四J型機の飛行特性については何の資料もなく、チップタンクの燃料の多少の片減りがあつてもパイロットの操作によつて飛行継続に支障を生じさせないことができるものと考えられていたのである。

(2) F―一〇四型機は米国ロッキード社で開発され、航空自衛隊では昭和三六年にその正式採用が決定し昭和三七年三月から飛行が開始され、改良したJ型機が二三〇機生産され、昭和三九年から同四一年にかけて部隊建設が行なわれた。しかし、その技術指令書は導入の経緯から当初米国空軍のそれをそのまま踏襲せざるをえなかつたが、米国空軍においてはF―一〇四型機の飛行実績が少なかつたため、その導入初期の段階においては、技術的な細部についての精緻なデータが十分集積されておらず、その技術指令書は最良の内容であつたとは言い難かつた。そこで航空自衛隊では、わが国におけるF―一〇四J型機の飛行経験によつて技術指令書の改良につとめてきたのであり、操縦指令のひんぱんな変更、改訂は、その努力のあとを物語るものであり、またいかに手さぐり状態で未知の分野が開拓されていたかを示すものである。本件事故当時はそのようなF―一〇四J型機導入の揺籃期であつたため、高空におけるチップタンクの燃料片減り時の飛行特性の資料がなく、したがつて、その最良の対策が確立していなかつたことも、やむをえなかつたといわなければならない。ましてや、本件事故以前にはチップタンクの燃料片減りによる墜落事故の発生もなく、また外国においてもその報告はなかつたから、本件事故以前に、控訴人が高空におけるチップタンクの燃料片減り時の飛行特性の調査研究を行なうことを期待することはできなかつたというべきである。

(3) また、航空自衛隊の操縦者は、初級操縦教育において、T―三三A型機による操縦訓練と学科教育とを受けるほか、各部隊の練成訓練においても、その搭乗機種のほかにT―三三A型機による訓練を受けることになつており、亡茂もこのためT―三三A型機による飛行時間は合計一二六八時間に及んでいる。ところで、T―三三A型機はF―一〇四J型機と同様に主翼端にチップタンクを搭載するジェット機であり、その教育・訓練に用いられる操縦指令には、チップタンクの燃料片減りにより着陸時に翼を水平に保ち得ない場合があること、左右チップタンクの燃料が一様でなく重い方のタンクから供給されていないことが確認されたときは、チップタンクを安全な地域に投下すべきことが記載されていた。したがつて、F―一〇四J型機のチップタンクの燃料片減りの際にもチップタンク投棄という対応策があり、これにより飛行継続が可能であるということは、初等操縦教育を終了している亡茂を含むF―一〇四J型機の操縦者には公知の事実であつたというべきであり、両機が構造、機能等を異にし、また、非対称荷重時の飛行特性、正常飛行維持のための速度域、そのために必要とする操縦舵角量も異なるとしても、T―三三A型機の操縦指令の応用をさまたげるものではない。したがつて、この点に関する教育訓練義務違反をいう被控訴人らの主張は理由がない。

(4) なお、本件事故を契機に、F―一〇四J型機のチップタンクの燃料片減り時の詳細な飛行特性データの収集と最適対応策の再検討が製造会社と航空自衛隊実験航空隊で実施され、これにより高空の高度四万フィートにおいては燃料満載の状態(機体重量二万三五〇〇ポンド)で左右の重量差が七〇〇ポンドの場合は、失速を起す最小限界の0.79マッハから最高2.0マッハまでのすべての速度域で操舵が可能であるが、片方が満タン、片方が空という左右の重量差一一〇〇ポンドの場合は、0.88マッハから1.1マッハの速度域内でなければ操舵不能であることが判明した。そこで、控訴人は昭和四二年四月操縦指令を改訂し、チップタンクの燃料片減りの対応策として、燃料移送パイプのトランスファーバルブを開いて燃料を移動させるよりも、そのバルブを閉じて片減り拡大を防止すること(燃料補給スイッチを入れること)とし、左右の重量差が六〇〇ポンドを超える場合にはチップタンクを投棄することとした。

(四)  編隊長の指示義務違反について

(1) 事故機の航空業務の実施について責任があるのは機長たる亡茂であつて、その運行につき安全上の支障が発生した場合の対応措置はすべて機長の判断にまかされているのである。編隊飛行の場合には編隊長が編隊機の機長を指揮するとされているが、これによつて編隊機の航空業務の実施についての責任が機長から編隊長に移るものではない。したがつて、編隊長の機長に対する指揮行為が、控訴人の機長に対する安全配慮義務の履行補助者としての立場からその義務の不履行と評価されるのは、機長の安全な運行を保持する責任を侵害するような指揮が行なわれた場合に限られるものというべきである。それ故事故機の左チップタンクから燃料が漏れていることを知つたり、亡茂からチップタンクの燃料片減りの通報を受けたりしても、編隊長に事故機の着陸や飛行場への帰投を指示すべき義務が発生するわけではなく、また、そのようにしなかつたからといつて、これが安全配慮義務に違反するなどということはできないのである。

(2) しかも、離陸時にスニフルバルブから少量の燃料が漏れることはまれなことではなく、燃料漏れが継続するのでなければ余り気に留めることはないのであり、本件の場合、編隊長は事故機を追尾して間もなく燃料漏れがなくなつたことを確認しているから仮に編隊長に指示義務があつたとしても、この段階ではいまだ直ちに着陸を命ずる義務があつたとはいえない。

(3) また、編隊長が亡茂の通報に対し、サーキットブレーカーを引くように言つたのは助言であつて指示ではないが、その後亡茂から何の通報もないので、編隊長は燃料移送不具合が解消したと判断していたのであり、片減り拡大についての通報がない以上、編隊長は訓練を中止すべきであるとの判断をすることはできなかつたのである。そして左右チップタンクの燃料差七〇〇ポンドとの通報のなされたのが午前一〇時七分であり、緊急事態宣言のなされたのが同一〇時一二分であつたから、この間事故機は燃料片減りの解消あるいは拡大防止の措置をとつていないことは明らかである。それゆえ、たとえ片減り通報時に編隊長が亡茂に対して飛行場への帰投を命じていたとしても事故の発生は避けられなかつたものというべきであり、編隊長が帰投を命じなかつたことと本件事故の発生との間には因果関係もないのである。」

三原判決二三枚目裏一、二行目の「昭和五四年八月までに、合計金五五三万九一六二円」を、「昭和五八年六月までに、合計金一〇二九万二一二九円」と改める。

理由

一当裁判所は、被控訴人久野明子の請求は理由がないから棄却すべきであり、被控訴人久野泉、同久野睦の各請求は、控訴人に対し、損害賠償各金一二一八万五三四八円及びこれに対する昭和五〇年一一月二九日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、認容すべきであるが、その余の各請求はいずれも理由がないから棄却すべきであると判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決理由説示一ないし七項と同一であるからこれを引用する。

1原判決二五枚目表一一行目の「事実に、」の次に「成立に争いのない甲第一四号証」を加える。

2原判決二五枚目裏五行目の「訓練」の次に、「(高度四万二〇〇〇フィート、速度0.9マッハの目標機に対しロングターンして後方からミサイルを発射する攻撃訓練)」を加え、同九行目の「一番機のポストに就いて」を削除する。

3原判決二六枚目表三行目の「モーボ幹部」の次に「(訓練飛行の離発着監視者)」を、同三行目の「亡茂」の次に「及び真志田」を、同四行目の「それは」の前に、「真志田機はつづいて離陸して事故機を追尾して、その状態を視認したが、」を、同六行目の「止まつた」の次に「ので、これを視認した真志田は亡茂にその旨通報した」を、それぞれ加える。

4原判決二六枚目裏八行目の「チップタンク」から同一〇行目の「認められる。)。」と通報したところ」までを、「サーキットブレーカー(外部搭載燃料移送装置サーキットブレーカーを意味する。)を抜け。」と通報したところ(この点は当事者間に争いがない。)」と改める。

5原判決二七枚目表五、六行目の「それからしばらくして」を「その一、二秒後」と改める。

6原判決二八枚目表九行目の「結果」を、「ところ、高空(とくに高度四万フィート)では、燃料片減りによる左右非対称荷重に対し翼を水平に保つために必要とする操縦舵角が低空にくらべて非常に大きく、とくに、荷重差一一〇〇ポンドの場合には、0.88マッハから1.1マッハの速度域内でなければ操舵できない(これ以外の速度では、必要操舵角がエルロンの機械的限度である二〇度をこえる)ことが判明し、この結果」と改め、同裏五行目末尾に、「(本件事故を契機にはじめてチップタンクの燃料片減り時の飛行特性の調査研究をし、これにより操縦指令を改訂したことは、当事者間に争いがない。)」を加える。

7原判決二八枚目裏七行目の「状況を」の次に、「右試験結果及び」を加える。

8原判決二九枚目表一行目から原判決四〇枚目表四行目まで(原判決理由四ないし六項)を次のとおり改める。

「四本件事故に対する控訴人の責任について判断する。

1国は、国家公務員に対し、その公務遂行のための場所、施設若しくは器具等の設置管理又はその遂行する公務の管理にあたつて、国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(いわゆる安全配慮義務)を負つているものと解すべきである。ところで、控訴人は、「安全配慮義務違背は、その内容が信義則に違背する程度のものであるときに初めて債務不履行責任を生じさせる。」との主張をするが、安全配慮義務は信義則に根拠を置く義務であるから安全配慮義務に違背する行為は常に信義則違背を伴うものであり、右主張がこのことを指摘するかぎりにおいては首肯しうるところであるが、これをこえて、「安全配慮義務違背を理由とする債務不履行責任は、その義務違背の程度が著しい場合に限つて認められる」との主張を含むものであるとするなら、そのように解すべき根拠はなく、したがつて、右主張は失当である。

2ところで、本件のようにジェット戦闘機に搭乗して公務飛行に従事する航空自衛隊員に対して、控訴人は、搭乗機の飛行の安全を保持し、その墜落等の危険を防止するために必要な諸般の措置をとることを要請されているというべきである。しかし、同じジェット戦闘機への搭乗員に対する安全飛行、危険防止のためにとるべき措置といつても、その飛行目的の緊急性の程度に応じて、その要求される入念さの程度には自ずから差異があり、本件のような緊急性の比較的うすい訓練飛行については、緊急性のたかい防衛出動時等にくらべれば、より入念な措置が要請されているというべきである。そして、右のような措置の一つとして搭乗機の各部品の性能を保持し、機体の整備を完全に行なう義務が控訴人にあることは明らかであるところ、被控訴人らは、事故機に関し、控訴人がこの義務に違反したと主張している。

しかし、本件事故に即して考えてみるに、事故機墜落の原因がチップタンクの燃料の片減りであることは前記認定のとおりであるところ、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、(イ)F―一〇四J型機の操縦者はチップタンク燃料指示計(機外燃料計)の左右残燃料の指針を見ることによつてチップタンクの燃料の片減りを即時に把握しうること、(四)その片減りは燃料補給スイッチを入れることにより(右スイッチが入るとチップタンクの燃料を胴体タンクに移送するための燃料パイプに取付けられた燃料シャットオフバルブが閉まり、かつ、燃料移送を促すためチップタンクに注入される加圧空気用パイプに取付けられたエアーシャットオフバルプも閉まつて、左右チップタンクからの燃料移送は完全に止まる。)、その拡大を防止しうること、(ハ)チップタンクは射出装置を作動させることによつて容易に投棄することができ、これによつてその片減りが解消されること、(ニ)チップタンクがなくても飛行の安全には支障がないこと、がそれぞれ認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。この事実からすると、仮に控訴人の部品性能保持等義務違反によつてチップタンクの燃料の片減りが生じたとしても、片減り発見、拡大防止、解消のための前記各装置が正常に機能しており、かつ、操縦者がこれら装置を適時に適切に操作しうるように教育訓練されているかぎりにおいては墜落等の事故に直結するものではないことは明らかであつて、もし、このような条件下で事故が生じたとすれば、それは、直接的には操縦者がこれら装置を適切に操作しなかつたことによるものであつて、控訴人の前記義務違反とその事故の発生との間には相当因果関係がないということができる。そして、前記のとおり亡茂は左右チップタンクの残燃料を通報していることからすれば、機外燃料計が正常に機能していたことは明らかであり、また、〈証拠〉によれば、飛行前には燃料補給スイッチを入れて燃料を補給しなければならず、これが正常に機能しない場合には燃料を補給することができないことが認められるから、両翼のチップタンクに燃料の補給がなされたことについては当事者間に争いのない事故機にあつては、右スイッチ及びこれにつながる電気回路は正常に機能していたものと推認することができ(なお、チップタンク射出装置が正常に機能しえたかどうかについては適確な証拠はないが、少なくとも右装置に機能不良があつたとの証拠はない。)、そうすると、事故機については、少なくとも片減り発見、拡大防止のための各装置の機能は正常であつたと認めるのが相当である。

したがつて、亡茂に対し、チップタンクの燃料の片減りの発見、拡大防止、解消のための各装置の適時、適切な操作について充分な教育訓練がなされていたとすれば、たとえ控訴人にチップタンクの燃料の片減りの原因となるような部品性能保持等義務違反があつたとしても、本件事故の原因は右各装置を適時に適切に操作しなかつた亡茂の過失によるということになるから、本件においては、被控訴人の主張する控訴人の安全配慮義務違反行為のうち、まず右教育訓練に関連した義務違反の有無から検討するのが相当である。

3そこで、被控訴人ら主張の調査研究及び教育訓練義務違反の有無について判断する。

(一)  前記のとおり、控訴人はジェット戦闘機に搭乗して訓練飛行に従事する航空自衛隊員に対し、搭乗機の飛行の安全を保持し、その墜落等の危険を防止するに必要な諸般の措置をとることを要請されているのであるが、飛行の安全を保持し、墜落等の危険を防止するためには、操縦者が、どのような事態が生じた場合にその飛行の安全を損なうおそれがあるかについて正しく認識し、しかも、そのような事態の発生を発見して適時に適切な対応をしうることが必要であるから、控訴人は操縦者に対し、そのための教育訓練を実施すべき義務があるというべきであり、また、そのような教育訓練を適切に実施するためには、その機種の飛行特性を調査研究して、どのような場合に飛行の安全を損なうおそれがあるかを把握するとともに飛行の安全を損なうおそれのある事態に対する適切な対応措置を調査研究する義務があるというべきである。もつとも、その時点での知識水準において、認識することができず、予見することもできない事態についてまで、このような調査研究をし、これに基づく教育訓練をすることを控訴人に求めるのは、不可能を強いることであつて、右義務もこのようなことをも求める趣旨ではないことはもとよりである。

(二)  F―一〇四J型機のチップタンクの燃料の片減り時の飛行特性とその対応措置とに関する調査研究及び教育訓練に関し、〈証拠〉によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) F―一〇四型機は、米国ロッキード社で開発され、昭和三四年一一月に航空自衛隊の主力戦闘機としてその改良機F―一〇四J型機一八〇機の取得が決定され、昭和三七年三月から航空自衛隊の戦闘機としての飛行が開始された。そして、航空自衛隊では、同年一月米国空軍の技術指令書(操縦指令)をF―一〇四J型機の操縦指令としてそのまま採用したが、米国空軍ではF―一〇四型機の飛行実績が少なかつたため詳細な飛行特性のデータは十分集積されていたとは言い難く、右操縦指令も不充分な点が多く航空自衛隊ではわが国における飛行実験に鑑みて、その内容を数回にわたり変更、改訂していた。

(2) 本件事故当時のF―一〇四J型機操縦指令(昭和四〇年一一月改訂)には、チップタンクの燃料の片減りに関しては、その状態での着陸時の飛行特性(片減りにより、横方向のコントロールがぎりぎりになることが明示されている。)とその対応策についての記載しかなく、その他には、一般的な燃料移送不良の際の対応策として外部搭載燃料移送装置のサーキットブレーカーを引くことが記載されていたが、これはチップタンクの燃料片減りの解消のためには、多くの場合全く役に立たない措置であつた。

(3) すでに認定したとおり、航空自衛隊では、本件事故を契機として、はじめて、F―一〇四J型機の製造会社と協力して、飛行試験を実施しF―一〇四J型機が高空においてチップタンクの燃料の片減りを起こして左右非対称荷重になつた場合の飛行特性を研究し、これに基づいて片減りに対する対応策も研究したうえ、昭和四二年四月操縦指令を改訂して、チップタンクの燃料片減り時の飛行データ(高度、荷重差の程度ごとに、速度と翼を水平に保つための必要舵角との関係を表示する)と片減りに対する詳細な対応策を記載するに至つた。

(4) 航空自衛隊ではF―一〇四J型機採用よりも前から、T―三三A型機を使用しており(この点は当事者間に争いがない。)、同機はチップタンクを左右両翼端に搭載する点ではF―一〇四J型機と同様であつたが、そのT―三三A型機の操縦指令には、チップタンクの燃料片減りがある場合通常の着陸態勢、着陸速度では下げ翼(エルロン)を操舵限界一杯に使つても主翼を水平に保てないことがある旨の記載があり、また飛行中にも右燃料片減りにより巡航速度で翼を水平に保てないことがあることを前提とする記載がある。

(三)  右(二)で認定した事実によれば、たしかに本件事故はわが国にF―一〇四型機が導入されてからそれほど年月が経過していない時期に起きたものであり、米国空軍から引継ぐことのできた飛行特性のデータも乏しかつたとはいえ(また、控訴人が主張するように、それまで外国を含めてチップタンクの燃料片減りを原因とするF―一〇四型機墜落事故の事例がなかつたとしても)、チップタンクの燃料片減りによる左右非対称荷重が飛行の安全に影響を与えるであろうことは経験則上も容易に認識しうるところであるばかりでなく、航空自衛隊の操縦指令でも、着陸時については燃料片減りによる横方向のコントロールがぎりぎりとなることが指摘されており、チップタンクを搭載するという点ではF―一〇四型機と同様であるT―三三A型機の操縦指令では、さらに飛行中にも、燃料片減りによつて巡航速度では翼を水平に保てないことがあることを前提とした記載があつたのであるから、F―一〇四J型機が飛行中、とくに高空において、片減りによつて巡航速度域で翼が水平に保てなくなることもありうることは容易に予測することができたはずであり、また、翼が水平に保てないということが、飛行の安全を害し、重大な事故につながるおそれのある事態であることも、経験則上明らかである。そして、F―一〇四J型機導入後それほど年月を経過していないといつても、飛行開始から本件事故までにすでに四年以上経過していたのであるから、高空でのチップタンクの燃料片減り時の飛行特性とその対応策を調査研究するに充分な時間的余裕はあつたものというべきである。現に、本件事故の約一年後に右のような調査、研究の結果に基づく操縦指令の改訂がなされていることは前述したとおりである。したがつて、前記のような事情を考慮しても、本件事故以前には高空でのチップタンクの燃料片減りが、飛行の安全に重大な影響を与えることを認識し、その場合の飛行特性や対応策について調査研究することを控訴人に期待することができなかつたとは到底言い難いといわねばならない。

そして、すでに認定したところから明らかなように、高空でのチップタンクの燃料片減りは、飛行条件によつては操舵不能状態となり墜落事故の原因となるという重大な問題であるから控訴人にはその場合の飛行特性とそれに対する対応策を調査研究する義務があるというべきところ前記のとおり控訴人はその調査研究をしなかつたのであるから、右義務に違反したものというべきである。

(四)  さらに、控訴人には、前記のような調査研究の結果に基づいて、F―一〇四J型機の操縦者に対し、高空でのチップタンクの燃料の片減りが飛行の安全に対して与える影響を正しく認識し、かつその片減りを発見した場合に適時に適切に対応することができるよう教育訓練を実施する義務があるというべきところ、前記のようにその調査研究をしなかつたのみならず、〈証拠〉によれば、亡茂は昭和四〇年九、一〇月ころ新田原基地において、F―一〇四J型機の操縦資格を得るためのF―一〇四J型機種転換操縦課程教育をうけたが、右教育は本件事故当時の操縦指令(昭和四〇年一一月改訂)よりもさらに古い操縦指令に基づいてなされており、高空でチップタンク燃料が片減りした場合の危険性判断に必要な飛行特性データや、その危険性に応じた適時、適切な対応策が操縦指令に記載されたのは本件事故後の昭和四二年四月以降であることが認められるから、亡茂に対しては、右教育課程及びその後の訓練においてこのような事項についての教育訓練はなされなかつたものと推認され、してみれば、控訴人は右教育訓練義務に違反したものというべきである。

(五)  もつとも、原審証人橘孝祐は、前記操縦課程教育においては、チップタンクの燃料片減りによつて空中でも操縦が困難となつた場合(特に横方向)にはチップタンクを切り離すように明確に教育された旨の証言をするが、前記のとおりの当時高空でチップタンクの燃料片減りにより操縦困難となることは認識されていなかつた旨控訴人みずから主張していることや前記認定のとおり右教育当時の操縦指令にはその旨の記載がなく、本件事故時の編隊長の助言もサーキットブレーカーを抜けというにとどまつたことに照らし、直ちに措信しがたいといわざるをえない。また、〈証拠〉によれば、(イ)F―一〇四J型機の教育訓練において、緊急事態に対する一般的対応策として、①航空機を安全に操縦して安全姿勢を維持すること、②状況を分析して適確な行動をとること、③できるかぎり早く着陸すること、の三原則が示されていたこと、(ロ)F―一〇四J型機について、チップタンクの投棄方法が教育されていたこと、(ハ)亡茂は本件事故までにT―三三A型機について合計一二六八時間の飛行経験を有し、したがつて同人が熟知していたはずの同機の操縦指令には、「左右チップタンクの燃料が一様でなく重い方のタンクから供給されていないことを確認した場合は安全な地域に投下せよ」との注意書きが記載されていたこと(この注意書きが記載されていたことは当事者間に争いがない。)、がそれぞれ認められ、これによると、公知の事実であつたとまでいえるかどうかはともかくとして、少なくとも、亡茂を含む操縦者に対し、チップタンクの燃料片減りに対する対応策としてチップタンク投棄という方法があると認識することを期待することはできたといわなければならない(亡茂が本件事故時に全くこれを認識しなかつたとすれば、その過失が問題となる。)。しかし、右認定のような教育訓練だけでは、たとえ片減りに対する対応策としてチップタンク投棄という方法があることを知つていたとしても、片減りの飛行の安全に与える影響を正しく認識して、墜落等の危険が切迫する前に適確にチップタンク投棄を実行することを期待することまではできないといわなければならず、このことは、亡茂から荷重七〇〇ポンドとの通報をうけた編隊長もサーキットブレーカーを抜けとしか助言しなかつたこと(前記のとおり昭和四二年四月に改訂された操縦指令では、荷重差三〇〇ポンドで任務を中止し、所要の措置をとつて着陸すること、それが六〇〇ポンドを越えたときは、チップタンクを投棄することを指示している。)によつても裏付けられる。したがつて、亡茂に対する教育訓練はきわめて不十分であつたというべく、控訴人の教育訓練義務違反の存在を否定することはできない。

4以上のとおり、控訴人はチップタンクの燃料片減りによるF―一〇四J型機の飛行特性とその対応策について調査研究をすべき義務に違反し、ひいては亡茂に対し、それらを教育訓練すべき義務にも違反したものであり、これによつてチップタンクの燃料片減りを原因とする本件事故が発生したということができるから、控訴人は本件事故に対し、安全配慮義務違反の責任を負うものといわなければならない。

五 過失相殺について判断する。

前記認定のとおり、亡茂に対する教育訓練は不充分であつたとはいえ、チップタンクの燃料片減りに対してはチップタンク投棄という対応策があることを認識しうる程度にはなされていたのであり、またチップタンクの燃料片減りが飛行の安全に影響を与えることは経験則によつても明らかなことである。前記のとおり、亡茂は事故当日の午前一〇時七分ごろまでに左右チップタンクの残燃料に七〇〇ポンドの重量差があることを発見し、編隊長にこれを通報してサーキットブレーカーを抜くようにとの助言をうけ、その五分後に「アン・コントロール」との通報をなしているから、この間に亡茂はサーキットブレーカーを抜いたものと推認され、かつ、亡茂はその措置が片減り拡大の防止には役立たなかつたことを認識したか、又は認識することができたはずである。したがつて、亡茂はさらに片減りが拡大してゆくという事態に対し、チップタンクを投棄することで対応して、事故の発生防止に努めるべきであつたというべく、「アン・コントロール」通報までの五分間という時間は、右措置をとることが困難なほどに短かいとは到底いえない。そして、チップタンクが現に投棄されなかつたことは明らかであり、また、〈証拠〉によれば、この間に亡茂からチップタンク射出装置を作動させたが投棄することができないとの通報はなかつたことが認められるから、亡茂は右装置を作動させなかつたものと推認される。そうすると、チップタンク投棄をなすべきであるのにこれをなさなかつた点において亡茂には過失があつたものというべくこの過失の存在も本件事故の一因をなしたものというべきでありこの点は控訴人が賠償すべき亡茂の損害額の算定にあたつて考慮しなければならない。

なお、前記のとおり、事故機には緊急脱出装置があつたのに亡茂がこれを作動させなかつたことが認められるが、〈証拠〉によれば緊急脱出装置はいかなる飛行状況でも操作が可能であるというわけではないことが認められ、また、緊急脱出は機体自体の墜落を不可避とする措置であることを考えると、緊急脱出しなかつたことをもつて亡茂の過失とすることは相当ではない。」

9原判決四〇枚目表五行目冒頭の「七」を「六」と改める。

10原判決四一枚目表一一行目の「額は、」の次に「同法五条一項及び昭和四八年五月一七日改正法附則五号により、」を加える。

11原判決四三枚目表三行目の「六」を「五」と改め、同三四行目の「亡茂が本件事故によつて被つた損害」を「控訴人が賠償すべき亡茂の本件事故による損害」と、同四行目の「六1、2」を「五」と、同六行目の「二割」を「三割」と、同六、七行目の「金三三八九万二六二三円」を「金二九六五万六〇四五円」とそれぞれ改める。

12原判決四三枚目表一〇、一一行目の「金一一二九万七五四一円」を「金九八八万五三四八円」と改める。

13原判決四三枚目裏五行目の「六1、2」を「五」と、同七行目の「金四八〇万円」を「金四二〇万円」と、同九行目の「金一六〇万円」を「金一四〇万円」と、それぞれ改める。

14原判決四四枚目表八行目の「前示」から同一〇行目の「相当である。」までを、「前記五の事情、その他一切の事情を斟酌すると、そのうち金二一万円が控訴人が賠償すべき損害であるというべきである。」と改める。

15原判決四四枚目裏一〇、一一行目の「昭和五四年八月までに合計金五五三万九一六二円」を「昭和五八年六月までに合計金一〇二九万二一二九円」と改め、原判決四五枚目表二行目末尾に「(この結果、同被控訴人の控訴人に対する損害賠償債権は後記弁護士費用、遅延損害金を含め、すべて填補ずみであることになる。)」を加える。

二したがつて、原判決はこれと異なる限度で失当であるから、主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(森綱郎 片岡安夫 小林克已)

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